チャイム”  『音での10のお題』より
 

 
 ドラマや何かでよく見るのが、奥さんのお産で病院に駆けつけた旦那さんが、待ち合い室でうろうろ・うろうろ、動物園の熊みたいに落ち着きなく歩き回る姿。分娩室には入れなくって、ただ外で待ってるしかなくて。でもでも、陣痛に苦しむ奥さんが配で心配で、じっとなんてして居られなくってっていうのを表すのに、

  ――― 居ても立ってもいられない、って

 この言い回しのそのままに、廊下の端から端までを行ったり来たりするのが定番みたいになっていて。
『いくらドラマだからって言ったってって。な〜んかわざとらしいって思うかもしれないでしょうけど、ホントにこんなになるのよねぇ。』
 一緒にテレビを観ていた母さんが、くすすと笑ってボクに言ったのが、
『お父さんもね、瀬那が生まれるって時、そりゃあ落ち着きなくウロウロしちゃって。』
 看護婦さんに“他の患者さんたちが落ち着けませんから”って何度も何度も注意されてねと。笑い話にしたいかのような言い方をしつつ、満更じゃないって言いたそうにも見えなくはない、ちょっぴり照れてるお顔が…なんだか。幸せそうに誇らしそうに見えたセナだった。





            ◇


「…人身事故?」
 テレビ画面の上に出たテロップは、日頃なら“ふ〜ん”で済むもののはずだった。この時期の平日のこんな時間帯に家にいるなんてのは、昨年来からには珍しいことではあったれど。お休みって訳でもない忙しなさでパタパタしていたセナであり。朝の支度のとき同様、時計代わりと間を持たせるBGM代わりにってこととで、点けてただけのテレビだったのにね。
「JR佐端線って…?」
 セナも通学に使ってる、ほん近所の路線だったので、おややとついつい注意が向いて。普通列車が踏み切りに侵入していたミニバンに接触した…と、事故があったこと綴っているのをまじまじと眺める。
「怪我人は出てない…か。」
 エンストでもしちゃったのかな、なんて自分なりに推理なんかしちゃってた段階までは、全くの他人事だったのだけれども。でもでもあのね?

  「現場復旧には数時間ほどかかる模様?って………、え〜〜〜〜っ!」

 うひゃってびっくりしての大声がつい。誰もいないのに、誰へ聞かすでもなく、なのに飛び出ちゃってた。

 「うあ、どうしようか…。」

 だって今日は進さんが来てくれるのに。中間考査のお勉強、見てくれることになってたのに。
“どうしよう、どうしよう、どうしよう…。”
 今は丁度 春大会の真っ只中で、今のところは無難に連勝を続けているので、毎週末に試合がある状態。負けない限りは、今月一杯は東京都大会が、来月は来月で関東大会へとそれが引き続くんだけれども。だからって理由では、学校行事…それも定期考査は待っててくれない。赤点取ったら補習があるのも普通一般の皆さんと変わらない。試験前の練習禁止期間は“自主トレ”モードに切り替えられるとして、練習時間をこれ以上持ってかれちゃあ堪らないが。さりとて…補習をすっぽかすことで“素行不良”と見做されて部活停止なんて言い渡されるのはもっと不味いのでと。せめて補習を受けることにだけはなるなというのが、昨年度からのボクらの間での不文律。とはいえど、
“去年は本当にさんざんだったから。”
 数学も英語も、現国も古典も生物も地理も苦手なセナは、いつだってスレスレギリギリでの通過か、玉砕しても何とか…レポート提出や原本の翻訳で済むようにと計らっていただく苦慮に甘えるという体たらくばかり。

 『今年度こそは、蛭魔さんにも手を焼かせないようにしたいんですよう。』

 表向きには部から引退したことになっている悪魔様。でもでも、受験を控えた三年生になった今でも、素人2年目にすぎないセナたちを、しっかりとサポートしてくれている彼であり。やはり素人が大半な、新一年生部員が増えた分の負担もあるのにと思えば尚更に、余計な手間をかけさせたくなくて。何とか頑張ろうという決意の下、学校帰りの道すがらなどなどに教科書やノートなんぞを広げているセナに気づいた進さんが、

 『…数学ならば補佐できるが。』

 英語や歴史や古典などなどという文系の学科は、当人の理解力と記憶力を試されるものだから手伝いようがないが、数学なら解き方の要領を見るという形で付き合える。それでいいならと、お勉強を見てもらえることになり、今日はわざわざ…王城もやはり中間考査前だからという短縮授業なのでと、セナのお家へ来てくれることになっているのに。
「うわ〜、どうしよう…。」
 見上げた壁掛け時計は、本来だったらあと30分もかからずに進さんが来るだろう時間を示してて。お部屋じゃ狭苦しいからとリビングのテーブルに参考書や何やっていう用意をし、キッチンにはお茶を出さなきゃっていう支度を整え。それらが終わったので、えとうと駅までをほてほて歩いてお迎えに行ったなら、それだけ早く、進さんに逢えないかしらなんて、ちょっぴり浮ついたことを思ってた矢先。そりゃあ嬉しい“どうしよっかなvv”だったものが、一遍に“大変だ〜〜〜っ”な、どうしようへと様変わり。
「で、電話。ケータイに掛ければ…。」
 テーブルに置いてた自分の携帯電話を手にとって、もどかしげに短縮ボタンを押したけど、呼び出し音の後に聞こえて来たのは“電源を切っておられるか電波の届かない…”っていう合成声の案内だけ。あああ、そうだった。電車に乗ってる間…どころか、出先で誰かと待ち合わせている時と、自分から掛ける必要に迫られているとき以外は、しっかり電源切ってる進さんなんだった。
『それじゃあ、それ以外の場合と用件で掛かって来た電話はどうなるんだ。』
 桜庭さんが呆れたように訊いたことがあったのだそうだけれど、
『これまでは持っていずとも支障がなかったのだから、別に変わらん。』
 何をわざわざ判り切ったことを訊くのだと、むしろ不思議そうなお顔で答えた進さんだったのだそうで。
『だから、セナくん。』
 携帯電話の携帯しているがゆえの利便性、奴にしっかり身に染ませてやってくれないかと、高見さんまで一緒になっての二人がかりでお願いされたほど。

 『基本料金分は使わにゃ損だろうがって言っても聞かない石頭だから、
  僕らには手に負えないんだよ。』
 『ははぁ…。』

 それは大変だぁとついつい苦笑ったら、
『セナくんだって。御用があって掛けてもつながらないのは困るでしょうが。』
『あ…はい。』
 他人事みたいに言わないでと。さすがは俳優さん、なかなかの迫力込めて、圧しかぶせるような言い方をされちゃったのだけれども。でもでも、進さん、メールの見方は電話の掛け方より早く覚えたから。繋がらないならメールをすれば、折り返しで掛けて来てくれてたしと、あんまり危機感を感じてなかったの。だもんだから、
“…その罰がこんなカッコで当たったのかなぁ。”
 桜庭さんたちが困っていたのに、真面目に構えてあげなかったの。だから今、こんな事態になっちゃったのかな。
「えっと、えっとぉ〜〜〜。」
 携帯電話と睨めっこしたまま、落ち着け落ち着けと。呪文を唱えるみたいに自分へ言い聞かせる。怪我人は出てないって言ってるから、たとえ進さんが乗ってた電車の事故でも、お体の方はきっと大丈夫。ただ、事故があったっていう踏み切りは、Q駅の向こう、進さんのお家がある方のだったので。間違いなく…こっちへ来る手前で電車が停まって動かない状態になっている。
「…えっとぉ。」
 ボクだったら…そこからはバスかタクシーに乗り換えたとして、遅れますって電話するけど。進さんだったらどうするか。今の今、電話が掛かって来ないのは、もう行動に移っているからなんだろな。進さんにはこのくらい、慌てるまでもないささやかなことなんだろな。だって、手の打ちようがないならば、行けなくなったっていう連絡があるはずだし。でもでも、小学生のお使いじゃあないんだから、電車以外の方法をと、考えるに違いない訳で。

 “Q街の向こうって言ったって…。”

 進さんだったらどうするか。王城から泥門までだってランニングして来ちゃう人だから、きっと。
「…やっぱり走って来るのかなぁ。」
 自分だったらやんないけど、なんて。
“言い切れないよな…。//////////
 そうと思えて、それと同時、ほわり滲んだ苦笑に口許がほころぶ。進さんの場合は、予定を曲げるほどの障害と思わないから、なんだろけれど。セナの側の場合だったら、そこんところの理由はちょこっと変わる。

  ――― だって、逢いたいって気持ちの方がきっと、
       “どうしよう”よりも勝
(まさ)るのだろうから。

 胸元に引き寄せたケータイを抱きしめるみたいにして。ぼんやりしちゃってたのも数刻のこと。

 “…っ、だからそれどころじゃないんだってばっ。”

 電車で来るならという予定の時間には、やっぱりちょっと間に合わないに違いない。待つのは構わないけれど、それじゃあ…どのくらいかかるのだろか。待たせるのはすまないと思う人だから、頑張っての大急ぎで来て下さるのだろか。
“そんなの、気にしないでいいのに…。”
 ああもうっ、やっぱり電話を掛けて下さいと言っておかなきゃ。そのための、非常時こそ使う道具でしょうって。
“…非常時だと思ってないかも知れないけど。”
 そうじゃなくって…と、自分にツッコミを入れてから。とりあえずはと玄関までを ぱたたっと駆けてみたものの、框から土間に降りかけてその足が止まる。
「でも、もしも電話が掛かって来たらどうしよう。」
 セナは家で待っている側。こういう時、進さんは固定電話へ掛けて来る。家にいるのに外出用の電話を使うなんておかしいと、どうやら腕時計やハンカチちり紙の感覚でいるらしく。現にそれを理由にしてのこと、自宅においでの折はやっぱり電源を切ってることの多い彼でもあって。………ホントに今時の高校生なんだろか、あのお人ってば。
(苦笑)
「う〜〜〜〜っ。」
 だったら、家を空ける訳にはいかない。電話に出ないと、何かあったんじゃなかろうかと心配させちゃう。それより何より、今どこにいるのかを訊ける機会を逃してしまう。それを思えば、足は元いたリビングへと戻るのだけれど。
“でもでも…。”
 遅れるとか事故があったとか、そういう連絡さえして来ない人が、今更 電話を掛けて来るだろか。それより何より、
「〜〜〜〜〜っ。」
 あのあの、えっとね? /////////

 “早くお顔を確かめたいよう。////////

 怪我人は居ないなんて言われても、心配は心配。もしも接触事故を起こしたのが進さんが乗ってらした電車だったのなら、急停止した時に車内は騒然となっただろうし、救急車で運ばれるほどの怪我人はいなくとも、足を捻ったとか踏まれたとか、そんな人は多々あったかも。そうそう、列車から降りるののお手伝いとかしてたのかも。ホームのあるところじゃあないのに降りなきゃなんない時って、凄い高さがあって、しかも脚立みたいなハシゴで降りることになるから結構怖いんだってね。女の子なんか足がすくむって話だから、それのお手伝いとかしてるかも?

 「………えっと。」

 変な話、そんなの想像してたら少しは落ち着いた。うんうん、進さんはそういうことへと回るタイプだから、たとえ該当車両に乗ってたとしても、怪我はしてないきっと。

 “でも、事故が起きたのがこの時間だと…。”

 逆算するまでもなく、進さんが乗ってたかどうかは微妙な頃合いだと気がついた。随分後なら最初から“じゃあバスで行こう”と構えられるけれど、すぐ後の電車だったら? 佐端線沿いではないけれど、途中で交差しているところから、毎朝走っておいでの川沿いの土手のジョギングコースに入れるはずだから。

 “やっぱり、そこからは走って来るんじゃなかろうか。”

 だったら えとえと。駅からとは微妙に方向が違うんだ。此処へって入って来る道、判るのかなぁ。川からこっちへ入るのは、ちょっと入り組んでてややこしいから。やっぱりお迎えに出ていた方がいいのかなぁ。でもでも、電話。そう、此処ってどこなんだろうかっていう、そんな電話がやっぱり掛かって来るかもしれない。ああでも、だったら。引っ切りなしに進さんの携帯へこっちからも電話掛けてれば。もしも進さんが掛けて来たなら、そしてその時に上手くかち合えば、繋がるかもしれないじゃない。

 “…って。そんな巡り合わせは、物凄く奇跡に近いことなんじゃなかろうか。”

 確率が0じゃないなら諦めるなとは泥門デビルバッツの信条ではあるけれど、こればっかりは…チャレンジすればどうにかなるってことじゃあないし。

  “あああ、どうしよぉ〜〜〜。”

 気がつけば。玄関まで行っては立ち止まってのUターンをし、されど、またまた玄関まで向かい…の繰り返し。それも結構な歩調での行き来となっていて、うろうろうろうろうろうろ…と、何か憑いたんかというほどの動作の繰り返しが止まらない。傍から見ている人がいたならば、間違いなく“動物園の熊みたい”と言われたに違いない行き来に、人ではないが唯一同座していた存在が、煽られたのか心配してか、セナの足元へと飛び降りて来たものだから、
「うわっ☆」
 危うく踏みつけそうになっての、それこそ急停止。
「タマ〜〜〜。」
 胸を抑えての、それでもやっと。一時停止したセナだったりし。どしたの?ねえねえ。にあにあと鳴きながらまとわりつく、トムキャットという模様の仔猫を足元へと見下ろしたセナは、はぁあと肩を落とすとその場へとしゃがみ込む。

 「…進さん、どうしたんだろうね。」

 電話の1つも掛けて来れないのかなぁ。心配するほどのことはないと、進さんは思っているのかもしれない。でもね? ボクは まだちょっと。そう…アメフト選手の“アイシールド21”じゃあなくなると、前とあんまり変わらない、心配症な怖がりに戻っちゃうから。大丈夫だって頭では判っているのにね。胸の奥んトコがざわざわと落ち着かないまんま。だってだって、一刻も早く………。

  ――― 無事な進さんに逢いたいから。

「………。」
 家の中でパタパタ歩き回ってたって意味なんてないよねって。はぁあってしゃがみ込んでしまったセナくん。とうとうお膝を抱え込むようにうずくまり、その腕へとお顔を伏せてしまった。こんなに静かなのにな。そんな事故があった場所、地図の上だとご町内と変わんないほど近いのに、当たり前の話ながら此処へは気配さえ届いては来なくって。

 “こんなこと、そうそうあってほしくはないけれど。”

 今度こんなことに遭ったらば、こうこうするんですよっていうの、進さんとちゃんと打ち合わせておかないとって。軽く落ち込みつつも、そこだけは不思議と前向きに。しみじみと思い至っていたセナだったのだけれども。

  ――― ふと、

 丁度向かい合う格好で。にあにあとしきりに鳴いてたタマが、
「…え?」
 前脚でちょいちょいって、低くなったセナのお膝を軽く引っ掻く。見やれば…頭の上の小さなお耳もひくひくって震えてて、
「あ…。」
 もしかして? ねえ、タマには何か聞こえるのかな? 顔を上げたセナだと確かめると、ついってさっさと玄関まで行ってしまう彼であり、
「…あ、待って。」
 あわわって、慌てて立ち上がれば。それと重なって鳴り響いたのが…耳に馴染んで聞き間違いようのない、小早川さんチのドアフォンの、ちょっぴり籠もってでも軽やかなチャイムの響き。前のめりに転びそうになったの、床を手で押し返しての立ち上がり、

 「は、は〜いっ!」

 ばたばた・ぱたぱた、スリッパを慣らしての駆けつけて。サンダル履くのももどかしく、飛び降りるようにして土間へ降り、飛びついたドアを押し開けての飛び出せば………。

 「…小早川?」

 なんですよう、そんな…びっくりしたようなお顔して。こっちこそ、どうしましたかって訊きたいくらい。事故があったんでしょう? 進さんが乗ってた電車だったんですか? やっぱり途中から走って来たんですね。トレーニングウェアじゃないのに、汗いっぱいかいてますから判ります…って。言いたいことは山ほどあったのだけれども。

 「ふぇ…。」

 張り詰めてた何かが一気に緩んでの止めどなく。ドアノブにすがりつくようにしてその場に座り込むわ、お顔はくしゃくしゃになるわ。ほんの数十分のハラハラとドキドキとで、どっぷり疲れちゃったセナくんだったようでして。
「…っ。」
 大丈夫か? 何があった? 進さんは進さんでやっぱりギョッとし、そんなセナくんに駆け寄ると。小さな体をひょいと掬い上げての抱きかかえ、大切な人、懐ろへと掻い込んでの………おろおろとし始めてしまったようであり。

  ――― まったくもう、世話が焼ける人たちだなぁ。

 もしもタマが口の利ける猫だったなら。そんな風に呟いて、猫背な肩をひょいってすくめたことだったでしょうに。しょうがないなぁ、ほらこっちだよと。足元から見上げて来る仔猫に気づいた偉丈夫さんが、慌ててお家へ飛び込んだ頃合いには、セナくんも我に返る頃だろから。いい匂いだなぁとか、わあ進さんだぁなんてふやけるより前に………ひとしきり“きゃあきゃあ ////////”と思う存分
(?)恥じらえばいいと思う人、手を挙げてvv






  〜どさくさ・どっとはらい〜 07.5.26.〜5.28.


  *一応は、長々と綴って来た一連の“原作拡張Ver.”とは関係のない、
   別個のお話として書いております“お題シリーズ”ですが、
   設定はちょっとかぶってしまうことをご了承くださいませ。
   よって、こちらでもセナくんのお母さんは雑誌社に勤めておりますし、
   小早川さんチの猫は“ビット”ではなく“タマ”です。

  *本文中に出しました
   “居ても立っても居られない”という言い回し。
   いや本当に、実体験するとしみじみ判る言いようでして。
   電話が掛かって来るかも、ああだけれども
   お迎えに出たほうがいいかしら、道が分からないんじゃあないかしら。
   いつぞや、これと全く同じ状況下に置かれたワタクシ、
   演技でもなくの自然な行動として、
   表に出ようか、いやいや居間に居なくちゃ…という葛藤の中、
   本当に家ん中を右往左往しちゃってました。
   それまでは、再現ドラマや何かで旦那さんがうろうろうろうろなさる姿を見ても、
   そんなことしないってなんて鼻で笑っていたおばさんでしたが、
   今ならその心境が重々判りますともさ。
(苦笑)

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